
|
明治時代、熊本県の三角港や八代港から南西諸島や台湾を行き来する船舶は、蔵々瀬戸、八代海、元ノ尻瀬戸、八幡瀬戸、長島海峡を経由して航行するのが一般的であった。これら航路を使用する船舶の重要な目標として明治30、31年にかけて5つの灯台が相次いで建設された。先ず明治30年に上的島、戸島、長崎鼻の各灯台が、続いて翌31年に寺島、戸馳島の各灯台がそれぞれ初めての灯りを灯した。 灯台は地上から頂部までの高さ11.0m、平均水面上から灯火中心までの高さ10.3mである。 寺島灯台は、建設当初から無人で運用されており、同じ日に点灯した戸馳島灯台の職員が保守管理していた。 当時の灯具は、石油持久灯と呼ばれるランプをレンズ内に収めて使用するものであった。また、灯芯は、従来の木綿から石綿になっており、光源である石油を補充するために戸馳島灯台から職員が1週間から10日周期で伝馬船により見回りを行っていたと思われる。 現在は、熊本海上保安部交通課から職員が定期的に巡回管理を行っている。
|
|