小型船事故防止のポイント                                     宮崎海上保安部

船舶海難の中でも最も悲惨な事故の一つが「転覆事故」です。それは転覆が一度に多くの死者・行方不明者を発生させるからです。そして、転覆事故の多くが漁船やプレジャーボートなどの「小型船」で発生しています。その理由は、小型船は、転覆の主な原因である波浪に対抗する力(耐航性)が弱く、波浪の変化に耐えるだけの余力がないからです。
 ここでは、小型船の転覆事故のメカニズムを探り、その対策を考えてみましょう。

【目次】
1.転覆事故における4つのなぞ 3.うねりが仕掛ける4つのワナ 5.事故から生還するための心得
2転覆の原因となる波浪とは 4.事故に遭わないための心得

1.転覆事故における4つのなぞ
 小型船の転覆事故を詳しく調べると、事故が起きるまでの経緯に意外な共通点が見られます。
これらを「なぞ」として、4つ取り上げてみましょう。

 (第1のなぞ) なぜ、おだやかな晴天の海でも転覆するのか?
 一般に、転覆事故は、波の高い荒れた海で発生するものと思われがちですが、意外にも、過去の事例では、「事故当日の海はおだやかで波もなかった」と証言する関係者が決して少なくないのです。しかし、おだやかな海で転覆することなど、ほんとうにあるのでしょうか?
 (第2のなぞ) なぜ、帰港途中に転覆しやすいのか?
 転覆事故を起こした小型船の多くが、事故当時、港に向けて帰港途中であったことがわかっています。なぜ、帰港の途中に転覆が起こりやすいのでしょうか?
 (第3のなぞ) なぜ、岸や港の近くで転覆しやすいのか?
 小型船の転覆事故は沖合よりも岸の近くで多く発生しています。帰港中であれば、「あと少しで港にたどり着くのに・・・。」というような陸岸に近い所で発生しています。また、漁船では、岸の近くに仕掛けた網を揚げている最中などに多く発生しています。このように、沖合よりも一見安全と思われがちな岸の近くで転覆事故が起こりやすい理由は何でしょうか?
 (第4のなぞ) なぜ、転覆では乗船者の生存率が低いのか?
 小型船の転覆事故では、晴天の場合でも、また、陸から目と鼻の先で発生した場合でも、残念なことに乗船者の多くが死亡し、又は行方不明になっています。このように、天候や発生場所にかかわらず、転覆事故では、乗船者の生存率が低いのはなぜでしょうか?

2.転覆の原因となる波浪とは
 転覆事故にみられる「なぞ」を解く「カギ」は、転覆の原因となる「波浪」の特性にあります。ひとくちに波浪(又は波)といっても、正確には「風浪」と「うねり」があり、この2つは全く異なる特性を持ちます。天候によっては、そのいずれか1つが存在したり、2つが混在したりするのです。
 この「風浪」と「うねり」の違いを知ることは、船の安全な運航にとって極めて大切です。なぜなら、転覆事故の原因には、波浪のなかでも、特に「うねり」の存在が深くかかわっているからです。
(1)風浪と「うねり」の違いを知る
 「風浪」とは、その場所に吹く風によって起こされる波のことです。したがって、風の方向と風浪の方向とはおおむね同じで、風がなくなれば小さな風浪はすぐに消えてしまいます。
 一方、「うねり」とは、離れた場所の発達した風浪が、余波となって伝わって来た波のことです。つまり、「うねり」は、その場所で吹く風とは直接関係なく起こり得るのです(図1参照)。ですから、風浪の方向と「うねり」の方向とが逆であったり、2つ以上の「うねり」が異なる方向から来たりすることもあります。夏から秋にかけて起こるいわゆる「土用波」は、はるか太平洋上にある台風が起こした「うねり」が日本沿岸まで伝わって来たものです。
(2)危険な「うねり」の特性を知る
 波の進行方向の長さ(波の頂上から次の頂上まで)を「波長」といい、波の谷間から頂上までの高さを「波高」といいます(図2参照)。 「風浪」は、風が強くなるほど波高は高くなりますが、波長は短く、すぐに頂上(波頭)が崩れて白波となります。
 これに対し、「うねり」は、遠い距離を伝搬する間に波長が長くなり、波頭も丸みをおびて小山のように伝搬して行きます。そして、遠くに伝わるほど波長が長くなり、一見して目立たなくなることもあります。
 しかし、「うねり」が陸岸近くの浅い海域に達すると、海底の摩擦の影響で「うねり」の前方にブレーキがかかるため、「うねり」の後方が追いついて波長が短くなる一方波高は急激に高くなります。海底が浅くなるほどこの傾向が強くなって、ついには波頭が崩れて覆いかぶさるように岸に打ち寄せます。このように、「うねり」は、陸岸近くの浅い所で急に波高が高くなる傾向にあり、これが、風浪にない「うねり」の特性です(図3参照)。

 「うねり」が作る高波は、ベテランサーファーにとって格好のサーフィンスポットとなる場合もありますが、4.に述べるように、小型船や釣人にとっては、ときに恐ろしい存在となります。

3.うねりが仕掛ける4つの罠(ワナ)
 「うねり」の持つ特性は、小型船にとって大きな危険をはらんでいます。それは、あたかも自然の仕掛ける巧妙な罠(ワナ)のようです。前に述べた「転覆事故における4つのなぞ」の答えは、まさにこの「ワナ」の中にあるのです。少し長くなりますが、その理由を説明しましょう。
 (第1のワナ) おだやかな晴天に潜む危険な「うねり」
 強い風が吹き、「風浪」と「うねり」で沖合が荒れて見えるときは、誰でも危険であることが判ります。このような日は、まず小型船なら出港を見合わせるでしょう。ところが、天気が良くて風や波がおだやかに見えても、危険な「うねり」が潜んでいる場合があります。
 その原因は、遠くにある台風や低気圧が起こした波浪の余波です。このような「うねり」は、沖合ではほとんど目立ちません。このため、休日には、「絶好の釣り日和」とばかりに多くの小型船が沖合に出ますが、これが、「うねり」の仕掛ける「第1のワナ」です。
なぜなら、「うねり」の特性でも述べたように、沖合で目立たない「うねり」が、陸岸近くの浅い海域で小型船を転覆させるほどの高波に急変することがあるからです(右写真参照)。
 特に、九州の南の太平洋上に動きの遅い大型の台風がある場合などは、宮崎付近の海域でこのような危険な「うねり」が発生しやすくなります。

 (第2のワナ) 後ろから付けねらう「うねり」
 小型船が帰港する場合や陸岸近くの漁場に向かう場合は、船は「うねり」を後ろから受けて、すなわち「追い波」で航行することになります。このとき、操船者は、前方、つまり「うねり」の背を見て操船するため、「うねり」の谷間が見えず波高が分かりにくくなります。このため、「うねり」が高くなりつつあっても、これに気づかない傾向があるのです(図4参照)。これが、「うねり」の仕掛ける「第2のワナ」です。さらに、「追い波」のときは「向かい波」のときに比べ、船体の揺れや震動が緩やかに感じられるため、これも操船者の油断を誘います。
 実は、船にとって「追い波」は最も危険なのです。それは、強い「追い波」の中で航行する船には、次の2つの現象が起こりやすく、これが転覆の最大の原因になるからです。
 ひとつは、「ブローチング」(波乗り)といわれる現象です。強い「うねり」を船尾から受けると、船体が波乗りのようになって一気に前方に押されます。こうなると舵が効かなくなってコントロールを失い、復元力(傾いた船体が元に戻ろうとする力)も低下して、最悪の場合、あっという間に転覆してしまいます。これをブローチングといい、大型船でも転覆の主な原因となるため、昔から船乗り達が最も恐れる現象です(図5参照)。

 もうひとつは、「プープダウン」(船尾突襲)といわれる現象です。強い「うねり」を船尾から受けると突然高い波が船尾から打ち込むことがあります。船尾は船首より舷が低く、機関や燃料、漁具などの重量物があるため、波が打ち込むと一気に水没し、あっという間に転覆してしまいます。これがプープダウン現象です(図6参照)。
 なお、小型船では、この現象のほか、急にスピードを落としたりすると、後ろから追いつく波が一気に船尾から打ち込むことがあるので、これも注意が必要です。

 このような現象に伴う転覆は、対処する間もなく一瞬で起こるため、乗船者の多くが脱出できずに溺死してしまいます。強い「追い波」で航行中は、危険な「うねり」が常に後ろから付けねらっていることを忘れてはならないのです。
(第3のワナ) 一発波を仕掛ける「うねり」
 転覆事故で生還した人の証言の中に、「先行している仲間の船の後から航行していて、仲間は無事であったのに、自分だけ波を受けて転覆してしまった。」というものがあります。なぜでしょうか?
 皆さんは、「一発波」(いっぱつなみ)といわれる現象をご存じでしょうか。実は、「波の高さ」は一定ではなく常に変化します。天気予報で「波の高さ○メートル」というのは、その場所での平均的な波の高さのことであって、最も高い波のことではありません。一般に、次々と寄せて来る波のうち、100個に1個は平均的な波の1.5倍以上、1000個に1個は2倍以上の高さに達するといわれています。
 このように、突然襲って来る危険な高波のことを、昔から船乗りは、「一発波」と呼んで恐れてきました。波は刻々変化するものであるということを決して忘れてはならないのです。「一発波」は、おおむね、2〜3時間に1個の割合で発生するといわれており、例えば、波高が平均1.5メートル程度であった海域で、突如3メートルを超える大波が来襲することもあります。特に、沿岸で生じる波は、岸からの返し波や潮の流れなどの複雑な影響を受けて不規則に変化します。

 この「一発波」の恐ろしさを示す例として、平成14年に静岡県熱海市の防波堤上の釣人17名が一発の波に押し流され、2名が死亡、6名が負傷した事故があります。これは本州の南海上にあった台風の余波が原因とみられています。当日は穏やかな晴天で、早朝から防波堤上にいた釣人達は、それまで寄せて来る波にそれほど危険を感じていなかったところ、突然、大波が襲って来たと証言しています。これは、典型的な「一発波」と思われます。このとき、「うねり」は、しばらく穏やかな様子を見せつつ釣人達が大勢防波堤上に集まって来るころを見計らい、突如として「一発波」に姿を変えて襲ったのです。これが「うねり」の仕掛ける「第3のワナ」です。
(第4のワナ) 入港前の油断をねらう「うねり」
 一般に、入港前には、乗船者に波に対する油断が少なからず生じるようです。というのも、目の前に港が見えてくると、船長(操船者)は入港コースや他船の動静に注意を向け、一方、同乗の釣人は、「やっと入港だ。」との思いから上陸準備にかかり、なかには救命胴衣を脱いで仕舞う人もいるようです。
 しかし実は、このような入港前の時期が最も危険なのです。なぜなら、港口や湾口は急に浅く狭くなり、防波堤からの返し波や潮流が複雑に影響して波が高くなる傾向にあります。つまり、入港前は転覆の危険性が最も高くなるのに、乗船者の波に対する注意はおろそかになるのです(図7参照)。これが、「うねり」が仕掛ける「第4のワナ」です。
 特に、河口の港口付近で危険な高波が発生しやすく、宮崎県内では、大淀川一ツ瀬川の河口付近で、これまでも小型船の入港中の転覆事故が多発し、多くの犠牲者が出ています。また、漁船では、陸岸近くに仕掛けた網を揚げるときが最も危険です。そもそも浅い海域で波が高くなりやすいことに加え、船の片舷に人が集まって重い網を揚げるのですから非常にバランスを崩しやすくなるのです。特に夜間の作業は、波の様子が分かりにくいため危険性が高くなります。

4.事故に遭わないための心得
 小型船においては、このような「うねり」が仕掛ける巧妙な「ワナ」にはまらないよう、次の3つの心得を忘れないで下さい。
(心得その1) 天気図などで天候を予測する
 まず、新聞やテレビで天候予報を確認しましょう。風の強さや波の高さの予測が大事ですが、ただし、「風が弱く、波もおだやかでしょう」などと説明されていても、油断してはいけません。「天気図」も見てみましょう。日向灘や四国の南海上にハッキリとした“低”(低気圧)や“台”(台風)がいないかを確認するのです。これがある場合は、余波による「うねり」が宮崎県沿岸に及んでいる可能性があり、沖合は風や波がおだやかでも、陸岸近くで高波が発生する可能性があります。特に、低気圧や台風の勢力が強く、動きが遅い場合は要注意です(図8参照)。
(心得その2) 実際に波浪を観察する
 港では、陸の上から波の様子を観察しましょう。沖合の波だけでなく、岬の先端やテトラポット付近の様子を観察することが大切です。沖合はベッタリとおだやかでも、岬やテトラポットの周辺が白く波立っているのは、「うねり」の影響で浅い場所で波が高くなっている証拠です。また、朝は良くても午後になって急に波が高くなることもあります。このような様子が見えるときは十分注意し、場合によって出港を見合わせる勇気も必要です。
 ちなみに、昔から、「お盆を過ぎたら海で泳ぐな。」といわれていますが、その時期は、海水浴場のような浅い所で「土用波」による高波が起こりやすいことが、理由のひとつとされています。
(心得その3) 航行中は後ろにも目を向ける
 航行中は、後ろにも目を向けることが大切です。これは、他船との衝突を避けることはもちろん、大きな波を船尾から受けて転覆の危険におちいらないためです。特に、帰港中など「追い波」で走るときは、油断なく後ろから来る波の大きさに注意しましょう。岸に近づくほど波は高くなる傾向があり、港口の狭い所や浅い所は特に注意が必要です。波を良く観察して波の高いところは避け、「波乗り現象」を防ぎましょう。もし、不安を感じたら無理をせずに思い切って定係港以外の安全な港を選んで入港する勇気も必要です。そうして、後日安全になってから定係港に回航させるようにしましょう。

5.事故から生還するための心得
 (心得1)2つの命綱を忘れない

 不幸にして転覆事故に遭いながら助かった人の多くは、「ライフジャケット」と「携帯電話」を忘れずに身に着けていた人達です。なぜなら、携帯電話での救助要請が早期の救助につながり、救助までの漂流の間をライフジャケットが耐えさせたからです。ライフジャケットと携帯電話は、事故に遭ったとき生還するための「命綱」です。特に、ライフジャケットは、転覆したときに身に着けていなければ何の役にも立ちません。出港前に必ず全員が正しく着用し、入港するまで決して脱がないようにしましょう。動きづらく暑苦しいと敬遠する人がいますが、最近では、軽量タイプのライフジャケットも開発され使いやすくなっています。
 (心得2)ライフジャケットの効果を知る
 ここで、ライフジャケットにどれ程の効果があるかを、具体的に考えてみましょう(図9参照)。
  @身体の浮力を保ち呼吸を助ける
 海中に転落した人が自力で船(又は転覆船の船底)にはい上がるのは、ほぼ不可能です。また、波の中では、短時間であっても自力で身体を浮かせ呼吸を続けることは容易でなく、体力は急激に消耗していきます。このようなとき、「ライフジャケット」は、遭難者がたとえ意識を失っても、身体の浮力を保ち呼吸を助けてくれます。
  A体温の低下を防ぐ
 海水中にある身体は急激に体温を奪われます。一般に、海水温度が20度を下回ると、半数の人が数時間で死亡するとされています。このようなとき、「ライフジャケット」は、身体の大部分を保護し体温の低下を防いでくれます。
  B発見を助ける
 広い海で漂流する遭難者を捜索するのは、「砂山で針」を探すようなものです。捜索に当たる巡視船や航空機から小さな遭難者を発見するのは極めて困難なのです。このようなとき、赤やオレンジ色の目立つ色のライフジャケットは、遭難者の発見を助けてくれるのです。
  C救助作業を助ける
 救助船が遭難者を発見できたとしても、実は、遭難者を救助するのは容易ではありません。波にほんろうされる生身の人間に船が接近するのは極めて危険を伴ううえ、つかみどころのない重い身体を海面から高さのある船上に引き上げるのは極めて困難なのです。このような救助作業に手間取り、その間に遭難者が死亡してしまった例もあります。このようなとき、「ライフジャケット」を着用していれば、ライフジャケットにフックやロープを引っ掛けて、安全に身体を船上に引き上げることもできるのです。
 (心得3)携帯電話の効果を知る
 海上の人命救助は時間との勝負です。時間を追うごとに遭難者の生存率は急速に低下するのです。しかし、遭難者が携帯電話を携行していれば、海上保安庁などの救助機関にいち早く救助を要請することができます。また、救助機関も遭難者の遭難位置を正確に知ることができるので、早期の救助につながります。
 ただし、携帯電話も水没してしまえば全く役に立ちません。また、船内や道具箱などの中に入れっぱなしにして、遭難したときに手が届かず後悔しても「後の祭り」です。携帯電話は、必ず防水機能付か「防水パック」に入れたものを、ストラップなどによりしっかり身に着けておきましょう(図10参照)。
 そして、もしも海で事故に遭ったときは、「118番」に速報して下さい。

 (心得4)行き先と帰りの時刻を伝える
 小型船の遭難事故では、夜になっても帰宅しないことを心配した家族からの通報で初めて救助機関が遭難を知ることが少なくありません。その時点ですでに長時間が経過し、かつ、遭難位置も不明であるため捜索は困難を極めます。反対に、行き先と帰宅時間を家族に伝えていたこが早期の救助につながった例もあります。小型船で沖に出るときは、必ず家族や友人に行き先と帰港時間などを伝えておくようにしましょう。

 以上の心得を忘れずに! 海で快適に活動して下さい!
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