龍飛埼灯台は、令和4年(2022年)7月1日に昭和7年(1932年)7月1日の初点から90年の節目を迎えました。
 これを記念し、青森海上保安部では、以下のイベントを開催しました。

    龍飛埼灯台一般公開では多くの方にご来場いただきました。
    当日は天候にも恵まれ、灯台からは北海道が綺麗に見える程とても素晴らしい眺望でした。

  〇 龍飛埼灯台点灯90周年記念式典及びタイムカプセル開封式
    令和4年8月14日(日)午前10時30分から午前11時まで

  〇 龍飛埼灯台一般公開
    令和4年8月14日(日)午前11時から午後3時まで

  〇 龍飛埼灯台のおはなし

  〔参考〕龍飛埼灯台の沿革・諸元

〇 龍飛埼灯台点灯90周年記念式典及びタイムカプセル開封式

 龍飛埼灯台が1932(昭和7)年7月1日の初点から90周年を迎え、青森海上保安部はみちのく灯台プロジェクトの一環として、龍飛埼灯台点灯90周年記念式典を挙行いたしました。当日は天候にも恵まれ、龍飛埼からの眺望は北海道がはっきりと見える程であり、また、普段は強い風もこの日は穏やかで、素晴らしい式典日和となりました。
 
 はじめに、舟橋清次青森海上保安部長から~とご挨拶を申し上げました。
 
 次に、山﨑結子外ヶ浜町長から~と祝辞を述べられました。
 
 続いて、10年前に三厩小学校及び外ヶ浜小学校の4年生の子供たちが封印した灯器のタイムカプセルの開封式を行いました。式には今年度20歳の当時の4年生9名と三厩小学校の4年生を担任していた奈良先生が参加し、開封は両学校からの代表者1名ずつが行いました。タイムカプセルの中からは10年後の自分に宛てた手紙、記念写真、キーホルダーやミニカーなどが出てきました。各々、思い出の品を手に取り、10年前を懐かしんでいる様子でした。

 





〇 龍飛埼灯台のおはなし

 我が国の航路標識事業は、戦前及び戦時中は逓信省灯台局が所管していましたが、戦後、海上保安庁の発足と同時に同庁に統合され、この龍飛埼灯台も青森海上保安部に集約されて現在に至っています。
 津軽半島の北端に位置する龍飛埼は、戦時中戦略上重要な航路にあるとして、軍事要塞と化していました。
 軍事施設ができたおかげで、龍飛埼上空を米軍の戦闘機が飛ぶようになり、村も灯台も標的にされました。「灯台が無くなれば漁ができない」焦った村の漁師達は、白い灯台を黒く塗り、戦闘機から隠すことにしたのです。
 その後、平和を取り戻した灯台は、再び白く塗り戻されました。灯台の「白」は、平和の象徴でもあり、今も津軽海峡を航行する船舶の安全を見守っています。
 この灯台を管理する職員は、昭和40年まで家族と共に現地に居住していましたが、その後、青森海上保安部職員が一週間交替で滞在し、現在は巡回により管理業務に従事しています。



〔参考〕 龍飛埼灯台の沿革・諸元

(1)沿革

   昭和 7年 7月 1日 「龍飛埼灯台」設置・点灯

   昭和40年 4月 1日  管理が龍飛埼航路標識事務所から青森海上保安部に
                集約。

   平成14年 8月30日  龍飛埼霧信号所(霧信号所)廃止。(龍飛埼灯台設置時から灯台に併設されていたもの。)

   平成18年 4月 1日  無人化。職員が青森市から定期的に巡回管理。



(2)灯台諸元


   名称        龍飛埼灯台(たっぴさき) 
             ※ 灯台名称の「埼」(さき)は多くの場合濁りません。

   所在地        青森県東津軽郡外ヶ浜町 
             北緯41度15分30秒  東経140度20分33秒

   塗色及び構造     白色 塔形

   灯質(光り方)    群閃白光 毎20秒に2閃光 

   光度        実効光度470,000カンデラ  
             ※「実効光度」は光源そのものの光の強さではなく
              実際に人の目が認識する光の強さに近い数値です。

   光達距離       23.5海里(約43.5km)

   明弧         29度から280度まで

   高さ        地上から構造物の頂部まで   14.0m

             平均水面上から灯火まで   119.0m

             地上から灯火まで       10.0m