
1,034人。
これが海上保安庁が平成11年1年間に検挙及び
上陸を未然に防止した密航者と手引者の数です。
過去最高であった、平成9年の1,150人に迫る勢いです。
覚えておられる方もいるでしょうが、
平成5年4月3日、鹿児島県阿久根市で発生した
第38長門丸による中国人大量集団密航事件が、
海上保安庁で取り扱った中で最大規模の集団密航事件であり、
中国人密航者145人と関与した船員5人を逮捕しました。
これ以来海上保安庁と密航との闘いは一層激しさを増しています。
密航者の大部分は「海」を渡って我が国にやってきます。これは元々周囲を海に囲まれており、海を介して他国と接している我が国の地理的特性からくるものです。このため、密航に限らず、密輸や不審船対策、領海警備業務など、海をベースとする海上保安庁の仕事は、我が国を取り巻く国際情勢に少なからず影響を受けざるを得ない性格のものであろうと思われます。最近の国際情勢は、東西冷戦に終止符が打たれ、冷戦構造に代わる新たな安定的な国際秩序があらゆる角度から模索されてきています。冷戦終結は、アジア太平洋地域で確実に前向きな動きをもたらしていますが、一方で東アジアの平和と安定を脅かした北朝鮮によるミサイル発射など依然として多くの不安定要因が存在します。
もう一つの流れとして、国家でないアクターの登場があります。NGOなど前向きな役割を国際的に果たす国家以外のアクターがいる反面、国際社会への暴力的な挑戦ともいえるテロリズムについても、国家以外を主体とするものが出現しています。さらに、現在、世界的規模で、モノ、カネ、ヒト、技術、情報、サービスなどがより自由に、迅速に、しかも大量に国境を越えて移動する現象が起こっています。この現象は現在の国際社会を特徴づける大きな潮流となっています。こうしたグローバライゼーションと相互依存の一層の深まりの中で顕在化してきた密航、密輸、海賊などの国際組織犯罪、テロリズムに対する問題は従来以上に国際社会での一致した取組みを必要としています。
海上保安庁はこのような国際組織犯罪と闘っていますが、この創刊号の特集では、大きな社会問題の一つとなっている「密航」について取り上げたいと思います。
世界の国々は国境によって仕切られ、それぞれの政府による厳格な入国管理が行われており、人が自由に国境を越えて往来できる仕組みにはなっていません。我が国においても、原則として単純労働者の入国、在留を認めていないため、単純労働目的の者は合法的に入国することはできません。そのため、正規の手続きで他国に入国できない者が密かに国境を越えています。密航とは、一般的には有効な旅券や乗員手帳を所持せず、あるいは入国審査官による正規の手続きを経ずに上陸する目的をもって入国すること及び本邦外に赴く意図をもって正規の手続きを経ず出国することをいいますが、我が国の「出入国管理及び難民認定法」は、「不法入国する目的をもった集合した外国人」を集団密航者としており、入国する者を密航者として取扱っています。密航の動機は、世界的に見れば政治、思想的なもの、貧困飢餓からの脱出、お金を稼いでよりよい生活を送るため等いろいろありますが、一般的には、「お金を稼ぐ」ことを目的としており、より豊かな国へとアジア、ヨーロッパ、アメリカ、オセアニア等世界各地で発生しています。
アメリカでは、キューバ、ハイチ、中国、ドミニカ等から、カナダ、オーストラリア、韓国及び我が国では、中国からの密航が問題となっています。
我が国への密航は、戦後から昭和62年(1987年)頃までは韓国人が主体になっていましたが、韓国が63年半ばに海外渡航規制を緩和し、平成元年(1989年)1月から完全自由化して、観光などの短期滞在査証で合法的に入国することが可能となったことから、韓国人の密航はほとんどなくなりました(合法的に入国し、滞在期間が切れても出国しない不法滞在者は韓国人が最も多い)。
平成に入り、元年5月に長崎県五島列島にいわゆる難民船(ボートピープル)が来航して以来、平成8年までに九州、沖縄等海域に63隻、4,052人(元年の22隻、2,804人、2年の1隻、40人は全て中国からの偽装難民、3年以降はベトナム人)が来航しました。これらについては、平成6年3月5日までは、海上で発見した場合、政府方針に従い、いわゆるボート・ピープルとして我が国の港まで誘導し、関係機関に引き継ぐなど保護に努めましたが、それ以降の9隻、138人については、スクリーニング制度(難民性の審査)が廃止されたことから、密航者として、当庁及び警察が検挙しています。平成の密航は、中国人が主体となっており、2年(1990年)に初めて中国人の集団密航が発生し、4年から増加傾向をたどって8年末から急増しました。近年は、八割以上を中国人が占めています。平成11年の後半は密航が散発化していますが、これは、中国側の取締りが厳しくなった上、密航先がアメリカやオーストラリアなどに分散したことも考えられます。
中国では、1978年末に改革・開放政策に転換、80年代初頭から同政策を推進して人的交流、金や情報の流れが活発化しており、これに伴って東部の沿海部都市での暮らしが飛躍的に向上すると内陸部の農民が沿海部へと流入するいわゆる「盲流」現象がみられるようになりました。これに加え、89年のベルリンの壁崩壊に代表される東欧諸国の民主化による東西冷戦構造の終焉は、さらに、国際的な交流を加速させました。このような、中国国内及び国際的な動きが、外国に行けば稼げるという認識を植え付け、近年の中国人の密航の契機になったものと思われます。因みに、アメリカへの中国人の本格的な密航は、1991年頃から始まっています。
これらの中国人密航者のほとんどは福建省出身者であり、海上保安庁が検挙した者も9割以上を福建省出身者が占めています。
密航の背景としては、次のようなことがあげられます。
@福建省には海外に華僑を送り出してきた長い歴史があり、改革、開放政策前は非国民的存在であった華僑の名誉が、その後回復され、かつては貧農民であった華僑は故国への巨額の投資により英雄扱いされるようになり、一種の華僑神話が生まれた。このように、海外で成功している者も多いことから、外国への夢、出国ブームが浸透し、海外へ出なければ面子が立たないと言われる程気軽に海外へ出ようとする土壌がある。また、入国先での地縁、血縁による支援も受け易いという人的関係も一因となっている。
A中国と我が国には非常に大きな所得格差があり、中国の平均月収700元(約1万円)〜800元(約12,000円)に対し、我が国は約30万円(約26倍)と言われている。密航者は月収300元(約4,500円)〜1,000元(約12,000円)と言っており、我が国で月20万円の収入を得、1年働けば月収300元の者は中国での44年分、1,000元の者は13年分の収入を得る。
B我が国をはじめとする先進国では、安価な労働賃金で済むほか、いわゆる3Kを敬遠する世相から密航者や不法滞在者に対する労働力需要がある。
C蛇頭と呼ばれる国際的密航請負組織が我が国に活動基盤を整備し、韓国の組織や暴力団と手を組むなど組織的に活動して密航をビジネス化している。(密航料は、個人差はあるものの、10年春頃までは日本円で約300万円と言われていたが、最近では、密航請負組織間の競争によるものか約240万円に値下がりしている。)
海上保安庁や警察では、既に我が国に入国(領海内に入域)した密航者を発見した場合は検挙し、海上保安庁が公海上で密航船を発見した場合は、外国船については管轄権がないため、巡視船で中国、韓国等の領海付近まで追尾監視し、当局に引渡す等未然防止措置を講じていますが、海上保安庁と警察がこれらの措置により水際阻止した船舶利用の密航者は、平成9年1,807人、10年1,328人、11年は1,339人であり、取締りを逃れて密航に成功した者は一部把握している(10年は約650人)ものの、その実数を完全に把握できていないのが実状です。
我が国への密航は航空機か船舶を利用して行われていますが、船舶を利用した密航の形態には、
@中国船等を密航船として仕立てて直接本邦に密航するもの
A本邦沖合で中国船等から日本船に乗換えて密航するもの
B韓国沖合で中国船から韓国漁船に乗換えて密航するもの
C貨物船等により密航するもの・船内に巧妙に設置された隠し部屋に潜伏してくるもの・船内の倉庫や乗組員の居室等に潜伏してくるもの・コンテナに潜伏してくるもの・偽変造の船員手帳を使用するものがあり、船型、行動形態等から沖合で発見され易い中国船等で直接密航するものや、本邦沖合で日本船に乗換えるものが減少し、発見されにくい韓国沖合で韓国漁船に乗換えるものや貨物船の船内の隠し部屋に潜伏してくるものが増加しています。
これらの事犯においては、「蛇頭」と呼ばれる国際的な密航請負組織が我が国暴力団や韓国の密航組織と手を組み、不法滞在者や漁業関係者等を抱き込んで、密航者の募集・運搬、我が国での住居手配及び就職斡旋に関与しています。
中国船から日本船や韓国漁船に乗換える場合には、GPS航法装置(衛星を利用した自船位置表示装置)を使用してピンポイントで会合し、上陸する際には、携帯電話で出迎え者と上陸日時、場所について連絡を取り合って、深夜人気の少ない漁港等に上陸しています。貨物船の船内に隠し部屋を設けて潜伏してくる密航については、隠し部屋が貨物倉に擬装の隔壁を設けて作られたり、燃料タンク、清水タンク、バラストタンクを利用して作られたりしており、さらに出入口は、調理室の内部容器と外部容器からなる二重構造の清水容器をエアジャッキで上下させて開閉するもの、機関室の床の一部でその上にタンクを置き、また、擬装パイプを施して隠すもの等、非常に巧妙なもので、このような隠し部屋を有する船舶は、数回密航者を運搬すると、船名、船籍、船舶所有者及び船体塗色を変更して、取締機関からマークされにくくしています。さらに、上陸後は、迎えに来ている日本国内の組織が用意した保冷車等に乗り込み逃走するなど、組織的に行われており、ますます悪質・巧妙となっています。
二重構造の清水容器(この中に出入り口がある)
海上保安庁では密航者を逮捕した場合、初動捜査を実施した後検察官に送致します。密航者はその後監獄に勾留され、海上保安官、検察官の取調べを受けた後、少年(20歳未満)は家庭裁判所に送致されて審判を、成人は起訴されて裁判による判決を受けることになります。少年については、概ね審判不開始の決定により入国管理局に引渡され、成人については数ヶ月の裁判の後、判決が言い渡されますが、執行猶予つきの判決がほとんどですので、その時点で入国管理局に引き渡されて、送還されるまで長崎県大村市に所在する入国者収容所等に収容されます。中国に送還された後は、送還先の場所によっても異なるようですが、5,000元(約75,000円)から2万元(約30万円)程度の罰金を課せられ教育を受けているとのことです。
なお、我が国の裁判の結果については、密航者は概ね懲役1年〜1年6月、執行猶予3年の判決が多く、密航者を運搬したり、手引した者については、ほとんどが懲役刑(実刑)と罰金の併科で、重かったものとしては懲役4年6月、罰金400万円、懲役4年罰金450万円の判決が下されています。
近年の中国人による集団密航の多発は、国内での外国人犯罪の増加につながるおそれがあり、大きな社会問題となっています。密航者が一旦上陸逃走した場合、これを検挙することは困難となるため、水際での摘発が極めて重要であり、海上保安庁では「海上保安庁が把握している密航者」(当庁が検挙及び未然防止した密航者、警察が検挙した密航者、当庁の捜査により判明した密航成功者の総合計で平成10年は約2,000人)の五割超の摘発、水際阻止を図ること」を目標に、次の取締対策を推進しています。
情報は、犯罪の摘発に直接結びつく場合が多く、確度の高い情報、迅速な情報の入手は取締りを推進するうえで極めて重要なものです。
このため、海を職場とされている海事、漁業関係者や沿岸住民の方々等に不審な人や船を発見した場合の情報提供をお願いするとともに、平成12年5月1日から情報を受ける海上保安庁の電話番号に警察や消防と同じように、緊急通報用の覚えやすい局番なしの三桁電話番号を導入することとしています。(現在、118番の導入に向け手続き中)
現在、密航事犯が発生するおそれの高い海域を重点に巡視船艇・航空機による監視警戒を強化するとともに、中国等密航のおそれが高い地域から我が国に来航する船舶に対し、徹底した立入検査を実施することにより、密航者の発見、摘発に努めていますが、今後、新たな監視システムや効果的な探索資器材の導入を進めていきたいと考えています。
従来から警察、入管、税関、防衛庁等の関係機関とは、中央、地方機関ともに緊密な連携を保ちながら協力して密航者の摘発に取組んでいます。
海上保安庁が取扱う密航事件は、中国、韓国からのものや韓国船等が関与したものが多いことから、両国に職員を派遣し、不法出国者の取締り強化を申し入れるとともに、平成9年10月及び11年3月には中国公安部辺防局、10年2月及び11年3月には韓国海洋警察庁とそれぞれ海上取締機関協議を実施し、情報交換を行うなど連携強化に努めています。
また、11年12月には、近年の我が国における中国人による犯罪の増加を背景に日中治安当局が両国に跨る犯罪に対して、国を挙げて解決に取り組むことを目的とした第1回目の日中治安当局間協議が北京で開催され、両国の外務、法務、警察、入管、税関、海上保安部門等の関係者が密航、薬物、その他の組織犯罪問題等について協議しました。密航に関しては、密航の中国での取締りの強化及び密出国者、密航供用船舶に対する厳しい処分について要請し、今後、さらに連携・協力関係を強化することで意見の一致をみています。
平成10年8月17日、第三管区海上保
安本部(横浜)は、京浜港東京区大井埠頭に着岸したセントビンセント船籍コンテナ船「ゴールドリッチリバー」(総トン数2,900トン)のコンテナの中に中国人らしき男女16人が潜伏しているのを発見しました。この内8人は既に死亡、残り8人も衰弱していました。捜査の結果、密航者は8月10日頃中国大連でコンテナに入り、約一週間その中で過ごした結果、コンテナ内の温度が異常に高くなり8人が衰弱死したものとわかりました。コンテナ内は、食べものかすなどの臭いや、し尿臭、死臭などが入り混ざった大変な臭いでした。
この事件は、東京湾内の港に入港してきた船に積載されたコンテナの中で、大量の密航者が発見されたことと8人もの密航者が死亡していたという点で大変センセーショナルな話題となった特異な事案でした。