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明治時代、熊本県の三角港や八代港から南西諸島や台湾を行き来する船舶は、蔵々瀬戸、八代海、元ノ尻瀬戸、八幡瀬戸、長島海峡を経由して航行するのが一般的であった。これら航路を使用する船舶の重要な目標として明治30、31年にかけて5つの灯台が相次いで建設された。先ず明治30年に上的島、戸島、長崎鼻の各灯台が、続いて翌31年に寺島、戸馳島の各灯台がそれぞれ初めての灯りを灯した。 当時、灯台においては、毎日3回の気象観測を実施しており、観測内容は、気圧・気温・風向・風速・雲量・降水量・波高・上層雲及び下層雲の方向・速度・雲形・気象海象の現象変移であった。その他に地震や日食の観測も行われていた。 戸島は現在無人島であるが、昭和34年4月まで灯台の職員が灯台敷地内の宿舎に家族とともに居住し、灯台の直接管理を行っていた。 現在は、熊本海上保安部交通課から職員が定期的に巡回管理を行っている。
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