戸馳島灯台


  明治時代、熊本県の三角港や八代港から南西諸島や台湾を行き来する船舶は、蔵々瀬戸、八代海、元ノ尻瀬戸、八幡瀬戸、長島海峡を経由して航行するのが一般的であった。これら航路を使用する船舶の重要な目標として明治30、31年にかけて5つの灯台が相次いで建設された。先ず明治30年に上的島、戸島、長崎鼻の各灯台が、続いて翌31年に寺島、戸馳島の各灯台がそれぞれ初めての灯りを灯した。

戸馳島灯台は、建設当時の美しい石造りの姿を今も残す現役灯台です。

 宇土半島東方の戸馳島南端に建設された灯台で、明治31年5月10日に点灯している。

 構造は円形石造で、基礎部で外径3.10m(内径1.8m)、石積高さ地盤から4.5m灯室の外径2.1m、高さ1.2mとなっており、この上部にドーム型の鋼製灯ろうが設置されている。

灯ろうに昇るための鋳鉄製階段のフォルムが美しく、また、灯ろう内には伝声管が残されており大変珍しいが、残念ながら、今は何処にも通じていない。否、百余年の時の彼方に通じているかもしれない。

 灯台の灯器は平成21年度に省エネタイプのLED灯器に変更されたが、設置当初のイギリス製灯器(六等レンズ)は、その文化的遺産価値から明示の面影を深く残す三角西港の龍驤館(りゅうじょうかん)に展示されている。

 灯台は地上から頂部までの高さ9.3m、平均水面上から灯火中心までの高さ34.4mである。四角形の付属舎は、縦3.95m、横7.0m(壁厚40Cm)、軒高は地盤から3.0mである。

 当時、灯台においては、毎日3回の気象観測も実施され、観測内容は、気圧・気温・風向・風速・雲量・降水量・波高・上層雲及び下層雲の方向・速度・雲形・気象海象の現象変移であった。その他に地震や日食の観測も行われていた。

 戸馳島灯台の管理は、昭和39年4月まで灯台の職員が灯台敷地内の宿舎に家族とともに居住し、直接管理していた。

現在は、熊本海上保安部交通課から職員が定期的に巡回管理を行っている。

 


伝 声 菅


 

螺旋階段