鞍埼灯台


鞍埼灯台は、宮崎県の南に位置する南郷町の大島南端(鞍埼)に設置された我が国で49番目の洋式灯台であり、我が国最初のコンクリート造灯台として明治17年8月15日に点灯しました。

南西諸島方面から北航する船舶は、大隅半島南端の佐多岬灯台、宮崎県南端の都井岬灯台を経て、次に確認できるのが鞍埼灯台の光です。

大型船舶の航路として、又は、油津港や目井津港・外浦港に寄港する船舶等の重要な指標となる灯台として、船舶の安全航行を願い、点灯以来長きに渡り慈愛の光を放ち続けています。 

 



 

灯台の設置要望は“山崎某(宮崎県士族)”から安鞍崎(大島)に灯台設置に関して要望する旨の書が県知事にあて提出。「官史出張調査のところ都井岬より緊急の地にある旨」・・・と県記に記録されています。

明治の初期、外国人技術者により我が国に設置された洋式灯台は、石造やレンガ造及び木造が主流で、他に鉄造等が有りました。

鞍埼灯台が何故コンクリート造(無筋)になったのかは定かではありませんが、灯塔構造型式上の施工性、近傍に石の産地の有無、資機材運搬の困難性等からコンクリート造となったものと推測されます。

なお、鞍埼灯台の設計は、我が国初の灯台技術者の“藤倉見達”と言われ、総工事費は55,073円と記録されております。

ちなみに、明治20年当時の灯台職員の月給は12〜25円でした。
 



鞍埼灯台と日向野瀬灯標に見守られ出港する「飛鳥」
 

灯台の管理は、昭和40年の無人化まで4名の職員により直接管理され、灯台構内に家族と苦楽を共に生活をしていました。

島の小学校は、灯台から約3km、小さな子供達にはこの道のりを毎日通学するのはとても心細かったことと思います。