上的島灯台


 明治時代、熊本県の三角港や八代港から南西諸島や台湾を行き来する船舶は、蔵々瀬戸、八代海、元ノ尻瀬戸、八幡瀬戸、長島海峡を経由して航行するのが一般的であった。これら航路を使用する船舶の重要な目標として明治30、31年にかけて5つの灯台が相次いで建設された。先ず明治30年に上的島、戸島、長崎鼻の各灯台が、続いて翌31年に寺島、戸馳島の各灯台がそれぞれ初めての灯りを灯した。
 
 上的島灯台は、建設当時の美しい石造りの姿を今も残す現役灯台です。
 
 天草下島の深浦港の北東沖合約5
Kmの八幡瀬戸に位置する上的島(建設当時は「上馬刀島」と呼ばれていた。)に建設された灯台で、明治30年4月8日に点灯している。
 
 構造は円形石造で、主な形状は基礎外径
3.31m(内径1.8m)灯室外径2.14m踊場外径3.52mで手すりが付いている。地上から頂部まで約6.6m・平均水面から灯火中心まで約20mである。
 
 上的島灯台は、建設当初から無人で運用されており、同じ日に点灯した戸島灯台の職員が保守管理していた。
 
 当時の灯具は、石油持久灯と呼ばれるランプをレンズ内に収めて使用するものであった。また、灯芯は、従来の木綿から石綿になっており、光源である石油を補充するために戸島灯台から職員が
1週間から10日周期で伝馬船により見回りを行っていた。
 
 現在は、熊本海上保安部交通課から職員が定期的に巡回管理を行っている