金沢海上保安部の沿革・歴史

1  沿   革

  昭和26年6月28日  七尾海上保安部福浦警備救難署発足

  昭和28年8月 1日  大野航路標識事務所発足

  昭和30年8月10日  七尾海上保安部福浦警備救難署を
                                    七尾海上保安部福浦海上保安署に改称

            (昭和38年 1月 北陸大豪雪)

  昭和40年4月 1日  大野航路標識事務所を金沢航路標識事務所に改称

          (昭和45年11月 金沢港開港)

  昭和46年4月 1日  七尾海上保安部金沢分室発足

  昭和48年4月16日  七尾海上保安部金沢分室を
                 七尾海上保安部金沢海上保安署に昇格

                七尾海上保安部福浦海上保安署を
                 福浦分室に組織改正

   平成 2年6月 8日  七尾海上保安部金沢保安署・七尾海上保安部福浦分室 
                                    ・金沢航路標識事務所の3つを母体とし、全国で66番目、
                第九管区海上保安本部で4番目となる金沢海上保安部として発足

  平成17年4月 1日  保安部灯台課を航行援助センターに組織改正

  平成19年4月 1日  航行援助センターを交通課に組織改正

 

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 2 保安部の歴史

  金沢海上保安部は、昭和60年代初め、石川県加賀地方沖合海域で漁船の海難が相次いだことや能登半島西岸の領海内で外国漁船の不法操業が多発したこと等から、漁業者、水産団体、地元自治体から海上保安組織の強化を求める声を受け、七尾海上保安部金沢海上保安署、金沢航路標識事務所、七尾海上保安部福浦分室の3事務所が母体となり、平成2年6月8日、石川県の能登半島西岸以西の海域を管轄する全国で66番目、第九管区海上保安本部管内では4番目の海上保安部として設置されました。

 金沢海上保安部の母体となった3事務所の沿革は、それぞれ次のとおりです。

 七尾海上保安部金沢海上保安署は、昭和38年の北陸豪雪を契機に近代港湾の必要性が認識された金沢地区において、金沢港の進捗とともに昭和46年4月1日、石川県港湾事務所内に、七尾海上保安部金沢分室として設置され、その後昭和48年4月16日現金沢海上保安部所在地に移転し金沢海上保安署に昇格しました。                                  

 金沢航路標識事務所は、昭和28年4月21日、金沢市大野町に主管標識大野灯台として発足し、昭和28年8月1日大野航路標識事務所と改称され、更に、昭和40年4月1日に金沢航路標識事務所と改称されました。                                

 七尾海上保安部福浦分室は、昭和26年6月28日、羽咋郡富来町に七尾海上保安部福浦警備救難署として設置され、昭和30年8月10日福浦海上保安署への改称を経て、昭和48年4月16日福浦分室に組織改正されました。

 金沢海上保安部発足時の勢力は、陸上3課1所と巡視船「くろべ」(350トン型)、巡視艇「やまぎり」(30メートル型)、巡視艇「わしかぜ」(15メートル型)の所属船艇3隻でありました。その後、日本海東部統制通信事務所の開設とともに保安部通信所が廃止となりました。

巡視船艇は、
 ・巡視船「くろべ」が平成18年に高速・高機能大型巡視船「はくさん」(1000トン型)に
 ・巡視艇「やまぎり」が巡視艇「かがゆき」及び高速特殊警備船「のりくら」を経て平成18年に再び巡視艇「かがゆき」へ、
 ・巡視艇「わしかぜ」(15メートル型)は20メートル型にそれぞれ代替えとなり現在に至っています。