江差港
江差港は本道が蝦夷地と称されていた時代より自然の良港として繁栄し、江戸時代には日本海航路を往復する北前船によるニシンとヒノキの交易拠点として重要な役割を果たしていました。大正14年から昭和4年にかけて修築が行われ、昭和28年には地方港湾指定、  昭和45年に港則法適用港として年々整備され、漁業の水揚げ港・奥尻島との物資輸送の窓口として重要な位置を占めております。
江差港と鴎島
1 江差港マリーナ

ヨットレース
平成元年江差港の南側に北海道では初めての公共ヨットマリーナ・江差港マリーナが完成し、その年に国民体育大会ヨット会場となり、以後多くのヨットの競技会が開催され、毎年7月には江差カップヨットレースが行われ道内外のヨット愛好者が集まるほか、国内外のヨットマンが立ち寄る有数のマリーナとして存在しています。
2 江差・奥尻港間フェリー
江差港と奥尻島奥尻港間の定期フェリーは港湾が整備された昭和42年から就航しており、現在は東日本海フェリー(株)のフェリー「アヴローラおくしり(2,248トン、乗客400名乗、車両積載)」が平成11年4月から就航しており、江差・奥尻間を2時間10分で結んでいます。
フェリー便は4月1日から12月28日までは1日2便で江差発着、12月29日から3月31日までは1日1便で奥尻発着となっています。

江差〜奥尻間フェリー
3 開陽丸

開陽丸
開陽丸は1865年にオランダで建造された木造の機帆走軍艦で、明治元年11月15日(新暦では12月28日に当る)江差港沖合いで暴風雨のため座礁、沈没しております。
開陽丸の沈没位置は江差港東外防波堤基部付近の海底であり、昭和50年に日本で初めて海底遺跡に登録され、江差町等により海底遺跡の調査、引き揚げ作業が行われ、昭和59年までに大砲、双眼鏡等3万3千点の海底遺物が揚収されましたが、海底には船体の大部分がまだ残っております。平成2年に江差町は青少年研修施設として復元した開陽丸船内に揚収した遺物の一部を展示しており、近代日本の夜明けを紐解く船舶史上貴重な資料として一見の価値があります。
 観  光
姥神大神宮
姥神大神宮の由来ははっきりとはしておりませんが、江差が陸奥国松前と呼ばれる以前から存在していたと言われ、現在の地には1644年頃に遷宮した様です。この時期から渡御祭が行われ、350年をへて現在の祭典と伝えられています。
姥神大神宮祭典は、その年のニシン漁を終え、蝦夷地の景気の沸きかえる夏の江差で豊漁に感謝をこめ盛大に行われたのがはじまりとされ、毎年8月の11・12・13日には御輿に供奉する山車13台は京都祇園祭の流れをくむ祭囃子の笛と太鼓の調べに乗って夜を徹して町を練り歩く姿は豪華絢爛で、多くの人々が山車の姿に酔いしれます。

姥神大神宮
江差追分会館
江差追分会館は、江差追分の生い立ちと変遷をたどる資料、追分の歴史と関わりのある民族資料の展示がされているほか、追分道場の設備があり、4月29日から10月31日までの毎日3回の実演が行われており、師匠(全国大会優勝者)の歌う情緒豊かで朗々と、そしてしみじみとした正調江差追分が、訪れた人たちに感動をあたえます。
江差追分は昭和38年に第1回全国大会が江差町で行われ、以降毎年9月の第3金  ・土・日曜日の3日間は「かもめ〜〜・・・」一色となります。

追分会館